なぜ「四式戦闘機疾風」は、残り1年で3500機?

1名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-12 13:09:59

なぜ「四式戦闘機疾風」は、敗戦間際の残り1年で3500機も生産されたのか。

ちなみに零戦は10000機、隼は5500機だが、これらは戦間期を通じ実質4年間の数字。

論争 皇軍が撃墜したB-29は何機だったか

【その四】四式戦闘機疾風丁型

1944年〜1945年初頭の支那派遣軍の進撃状況図

http://www.vfw.org/PR/Media%20Room/AmericasWarDead1775_2009.pdf

戦線別年代別米軍死傷者数 1775-2009

補給問題と航空機の事故は未だ戦力の足を引っ張り続けた。逆に、

日本側の防御努力が効果を上げつつあった。11月21日、大村攻撃では

6機のB-29が日本機により撃墜された。12月7日、奉天(訳注:今日の瀋陽)

の満州航空機会社空襲での損失率はそれとほぼ同じであった。事故による、

敵の要撃による、そして成都前進基地への日本軍の空からの攻撃による

B-29の損失はもはや見過ごし得ず、1944年の終りには147機に達した。

<中略>

マッターホルン作戦では49回の作戦任務を実施し、航空機の出動数は3,058

ソーテイであったが投下した爆弾はただの11,477トンであった。この作戦

に膨大な努力を傾けたわりに、日本の目標に与えた損害は僅かであった。

24名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-15 21:13:55

>>1

正直、社会主義的な数の報告っぽいのだが?

63名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-17 23:05:32

>>1

しかもB-29の空襲の中でだ。

アメリカ人も驚いている、と聞く。

204名無しさん@お腹いっぱい。2013-09-30 14:35:52

>>1

・中島が、米国式の大量生産方式をとっていた。

・隼と疾風の治具が、一部共通だった。

・零式戦闘機や隼よりも、組立が簡素化されてた。

・”特殊疲労回復剤”で、長時間の仕事が出来た。

そんな所ですかね。

245名無しさん@お腹いっぱい。2017-04-17 16:26:56

>>1

日米英独の航空機生産機数(戦闘機、爆撃機、偵察機、練習機、輸送機、飛行艇、グライダー、特攻機ほか)

戦後の「米国戦略爆撃調査団報告」より

1941年 1942年 1943年 1944年 合計

日 05088  08861 16693 28180  58822

英 20100  23600 26200 26500  96400

独 11766  15556 25527 39807  92656

米 19433  49445 92196 100752 261826

戦争末期の日本は飛行機を年産2万8千機も生産しているので、疾風の3500機は一部にすぎない

8名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-13 00:16:12

ハイオクと質の良いプラグがあれば、もう少し活躍できたのにね

15名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-14 07:28:23

戦略爆撃調査団の報告には、昭和18年においても三菱、中島の工場は世界でトップの水準にあったそうで、

本来、その時期までに年間生産機数は3倍くらいあってもおかしくなかった。

さらに、烈風までもおりこんで系統生産していれば爆撃は中止になっていてもおかしくなかった。

ただ、日本の弱点はオクタン価の低い航空ガソリンを使っていたので、エンジンの性能を発揮できなかった。

また高高度に達する時間が40分から1時間と掛かるため、爆撃隊と会敵できずに終わることも多かった。

25名無しさん@お腹いっぱい2009-10-15 22:26:01

>>15

烈風(局戦型)は地震で三菱の工場が壊滅しなければ、

もう半年から1年早く生産できたらしい。

18名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-14 18:53:46

戦略爆撃調査団の報告を持ち出すなら、結論である「戦略爆撃の効果の薄さ」を理解しろよw

(潜水艦による海上封鎖が一番の効果的な訳で)

キ-100はあくまで首無しキ-61Ⅱに対する応急的な戦力化であって、正式化されたわけじゃない。

五式戦wなにそれ、おいしいの?

ぶっちゃけあんな中途半端な機体を作る意味は、本来無い

(なんでもいいから飛ばせる機体を増やしたい国以外はw)

218232009-10-15 07:38:32

良スレw

>>18

性能の中途半端さはともかく、「何とか米軍機と戦える機体」で量産が効いた五式は消耗戦であれば有り難い戦力であり、必要とされていた物ではないか?。

あの場合は「優秀な三式戦の改良型の亡霊」というブランドと「新鋭機」という存在自体に意味があったと思える。

まあ本来なら空冷エンジン載せ換えという妥協点ではなく、エンジンの改良を優先すべきでしょうがw

19名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-14 19:42:08

>結論である「戦略爆撃の効果の薄さ」

爆撃なんて防空壕堀っとけばいくらでも対抗できるから。

硫黄島や沖縄で証明済み。ただし飛行機や戦車や軍艦は使えなくなる。

20年後のベトナム戦争では爆撃精度は遥かに向上してるにも関わらず、

戦略爆撃だけで勝利は得られず、苦手な白兵戦は専ら韓国軍頼み。

28名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-16 22:13:08

>>21

三式のどこが優秀なんだ?

決定的に馬力不足&低稼働率。

3式装備の戦隊なんて、数回の戦闘で大損害受けて壊滅しかしてないし。

完全な失敗作で、高高度戦闘機としてのⅡ型以外は、まったく評価されてない機体だぞ?

26名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-16 01:08:18

>24

社会主義的って、具体的に何を指してるの?

32名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 00:16:38

>>25

海軍の誉エンジンの押し付けが問題

ゼロ戦のエンジンも早めに金星に切り替えるべきだった

どうも軍の指示は後手後手

29名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-17 01:00:15

>>28

「(大戦前半までなら)優秀な(軽戦(?)だった)三式戦(ただし稼働機のみ)」と言うニュアンスで使っただけ。

さすがに軽戦から重戦までの繋ぎの機体にそこまで「優秀」という評価はしてないしあり得ないw。

紛らわしくてスマンw

37名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 18:12:03

それを言い出したら97戦じゃなくて海軍96戦を採用すれば良かった

と言うかあの時代に海軍と陸軍でいがみあい空軍を創設できない政治に問題ありかな

38名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 22:18:02

>>37

重慶など中国奥地への作戦では、96艦戦でも航続距離が不足で護衛できなかった。

陸軍の97重爆は航続距離が2,400kmだから、96艦戦でもずっと護衛して行くのはムリ。

96艦戦の航続距離は1,200km、零戦21型は3,350km(増槽付き)、隼2型は3,000km(増槽付き)・・・wikiより

もちろん空中戦をやれば燃料消費は爆発的に増えるが。

39名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 22:26:36

>>38

俺が言いたいのは海軍に良い戦闘機があっても陸軍は意地でも

それを使用しないと言う事

この問題を解決しない限り陸軍がゼロ戦を採用するなんて無理

41名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 23:03:42

>>39

せめて銃砲と弾薬は同口径なら共有するべきだったよな。

42名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 23:17:04

>>39

あのー雷電は陸も導入する気マンマンだったんですけど?

84までの繋ぎでさ、期待してた61は糞だったしな。

>>32

44弄る→せっかく大馬力発動機積むなら、機体も全面改修(つか新型w)だろjk→84

零戦みたいな先が見えてる機体弄るより、完全な新型機(雷電)の方がいいだろjk

雷電がモノにならなかったから非難されてるだけで、84みたいに上手くいってれば、誰も文句言わないよw結果論だろ。

もし金星零戦作ってれば、逆の非難しただろうな(先の見えてる機体を弄って無為に時間を費やした!新型機があればry)

そも三菱は仕事抱えすぎてるし、金星は他の機種への割り当てがあるから厳しいしな。

43名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 23:30:33

>>41

同意、戦時中わざわざ潜水艦でマウザー輸入する必要あったのかと思う

ゼロ戦の20ミリ欲しくても

陸軍は絶対に海軍に頭を下げない

>>42

>雷電は陸も導入する気マンマンだったんですけど

初めて知ったよ

と言うかB29が爆弾落としてる時じゃないですよねw

ゼロ戦と雷電を比べるのは間違いでは?

鍾馗と比べるなら話は分かるが

44名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-18 23:55:37

>>43

エリコンFFは零戦に回すだけで手一杯だったんだが…

あのさ、もともと零戦は「艦戦」でしょ

96艦戦の後継機であって、そもそもそんな大量生産する予定じゃなかったんだよ

(当初は1000機位の予定だった)

海軍航空隊は日中戦争の頃から、陸上航空戦力の増強に励んでるし、地域爆撃も行ってる。

こういう件から海軍航空の空軍化とか有名な話でしょ?海上航空戦力は主力じゃないのよ。

雷電は海軍のみならず、後継機に悩んでいた陸軍からも期待されてた重要な期待だったんだよ。

これだけ期待されてた雷電が予定性能は出ないは、トラブル対処で投入遅れるわで、しかたなく

零戦を強化して使ってただけだからな。

陸戦としては、零戦は雷電が出てくるまでの繋ぎの予定でしかなかったのよ。

(堀越も海軍から17年に、零戦へ金星搭載打診されたけど、断ったしね)

56名無しさん@お腹いっぱい。2009-10-26 07:56:54

>>43

陸軍の零戦導入計画は存在したよ。

ソロモン方面に展開する第12飛行団の2個飛行戦隊が零戦を装備する予定だった。

結局、零戦の生産に余裕が無いので白紙。

(陸軍向け改修型(防弾装備の追加とか)を別に設計して生産するのを、

三菱も中島も嫌がったって話も聞いたことある)

60名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-02 00:09:17

>>56

計画だけならあったでしょう

しかし正式採用には、まだ一山二山あったと思う

59名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-01 17:22:53

石油さえあれば。

62名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-14 16:22:26

>>59

それよりも有能な為政者と部下をきちんと抑えられかつ

有能な軍上層部だな。

68名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-19 08:11:21

>>62

結局は鉄量の差だろ

64名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-18 01:28:31

>>63

それを言うならドイツはもっとすごい。

78名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-23 13:58:40

>>64

そのすごいドイツを撃破してベルリン入りを果たしたソヴィエト赤軍は「神」!

巨大な巨大な悪の手から世界人類を救済したソヴィエト様に向かって、

なにが北方領土返せだよ、笑止千万だ!!

69名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-20 15:14:45

>>68

まあ鉄というより国力差ではあるが・・・

国力もない上に向こうよりミスも多く、戦略・戦術がこりかたまって

たんじゃね〜

70名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-20 15:51:58

鉄も石油も何もかも乏しいくせに、

対米開戦やってしまうやつの脳みそが一番足りてない。

76名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-22 16:52:54

>>70

40年で取れる選択肢

・開戦して滅亡

・米の海軍拡張計画に付き合って経済破綻、滅亡

・米の海軍拡張計画を放置。準備を整えた米に喧嘩売られて滅亡

・軍の解体とか、米軍の駐留とか、航空や造船産業の禁止とか、何でも言うこと聞いて絶対服従

当時の米にしてみれば、

あの位置に一定の戦力や工業力を持った国は邪魔でしかない。

74名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-22 05:42:28

石油に関してはもし掘りあてても技術がないので精製出来なかったと思う。

ということは意味のない領土拡張になってしまった。

特に満州。

あれこそ余計。

それから、チョウサクリンを殺害しても意味は無かった。

ロシアなんて未開の蛮人とノモンハンで戦ったのも間違い。

全部裏目に出た。

日本は、いずれ白人国家と事をかまえるにしても、我慢して力を貯めておくべきだった。

満州に関してはしなくても良かった争い。

あれがあったから、アメリカに危険視された。

関東軍は馬鹿の集まりだし、海軍は見栄っ張りのかっこつけばかり。

まともな軍人は一握り。

そんなんじゃ勝てる戦争なんて出来ない。

政治家も軟弱なのばかり。

75名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-22 11:24:50

>>74

余計ではないが米英だけには門戸を開放すべきだった。

100名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-30 12:37:50

>>64

スイスに独逸の軍需工場があった

>>74

当時、国民を養うための耕作地が日本列島だけでは不足していた。

日本政府が国税を投入して世界有数の穀倉地帯に開発した、特に大豆。

国内だけでは不足していた鉄鉱石が豊富にあった。後は防共。

>>75

門戸開放すればイオンに駆逐される商店街の様に日本の資本が満州から

締め出される。地球規模のブロック経済が日本を満州建国に駆り立てた。

79名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-23 15:53:34

>>78

まあ物量的に半端じゃないもんな。

1943年以降防御に徹していればもう少し

持ったかも知れんけど。

歩兵で11倍、戦車で7倍、重火器20倍、制空権なしじゃあな〜

81名無しさん@お腹いっぱい。2009-11-24 22:38:50

>>79

問題はどうやって日本に上陸するかだな

84名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-08 21:32:21

>>79

日本だってドイツだって同じジャン

92名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-28 19:18:02

630キロ/高度1万mの性能を発揮した百式司偵四型を防空戦闘機に改造して、

陸海軍共同で大量生産する予定だったらしいけど、

絶対無理だよなぁ。

93名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-29 10:39:45

>>92

Ⅱ型・Ⅲ型は改造されてるけど、対爆撃機だよね〜

Ⅳ型できても護衛のP-51とかにぼかぼかおとされそう。

問題なのは当時の日本がジュラルミン細工以外はコピー・ライセンス

ばっかで排気タービンもまともにつくれない技術後進国だったことだわ。

ガソリンのオクタン価も低いし・・・・

94名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-29 11:54:59

>>92>>93

ガソリンのこといいだしたらドイツも日本と同じようなもんだし

百式司偵よりキ83のほうがよくね?

もともとキ83は戦闘機として作られてるし。

95名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-29 16:13:27

>>93

百式司偵四型のエンジンは、

2段2速ターボチャージャーを搭載したハ112Ⅱルなんだよな。

このエンジンを量産できるかかなり疑問だ。

>>94

一応、四型はキ83と違って正式採用されてる機体だし(生産数4機 )

偵察機だから空戦を行えるほど機体強度は強くないけど、

2200キロを3時間15分で飛行した記録があって速度性能はそれなり。

96だつお ◆t0moyVbEXw 2009-12-29 22:03:15

いくら叩かれても、「四式戦闘機疾風」は世界レベルで通用する航空戦力として機能したと思うぞ。

そもそも敵機が乱舞する戦域で、地上軍の快進撃なんてありうるのか?

もしあるとすれば、中国人の知能障害は制空権では覆らないほどに先天的かつ絶望的だったということで、

中国人がますます惨めになるだけのことだぞwwwww

97名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-30 09:15:10

>>96

乱舞するほど敵機がいなかっただけ。

98だつお ◆t0moyVbEXw 2009-12-30 10:04:13

>>97

つかりそれは「四式戦闘機疾風」が果敢に地上攻撃を続けて、乱舞するほどの敵機が無くなったということだな。

>>1のリンク先にもそのように書いてあるのだし。

101名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-31 01:15:17

>>100

>スイスに独逸の軍需工場があった

そんなほんの一部のこといってどーすんのよ。ww

鉄道網もボロボロにされたからあんまし意味ないし。

最大の問題はガソリンだわな〜

102名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-31 08:51:39

>>101

燃料事情の悪い日本でも、

高オクタン燃料前提の新鋭機には、

オクタン価90以上の燃料が終戦まで不足することなく供給されてたらしいよ。

少なくとも、陸軍は終戦まで航空九一揮発油が主流だと。

103名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-31 13:21:40

>>102

まあ国土が爆撃され、機雷で港や航路が封鎖されても

戦力温存で出撃しなけりゃそりゃ残ってるでしょ。

ドイツみたいにレーダー網もきちんとないし出るのが

間に合わないのもあるけど。

120名無しさん@お腹いっぱい。2010-04-21 10:40:30

>>102

海軍では92オクタンが基本だから、当然だろう。

高性能機には100〜120オクタンのガソリンが必要なのだ。

黒江氏が乗り回していたP-51Cには、開戦当初にフィリピンで鹵獲した

アメリカ謹製の120オクタンのガソリンが使用されていた。

104名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-31 13:39:52

ただ、中国戦線はというと、中国人というチンピラゴロツキ蛆虫を殺戮しておればよかったわけだがww

105名無しさん@お腹いっぱい。2009-12-31 13:48:02

>>104

もっと殺しておくべきだったよ。

反日で企業が進出できず、留学生も密航者もこないぐらいに。

ついでに朝鮮もジェノサイドして全部始末すべきだった。

106だつお ◆t0moyVbEXw 2009-12-31 13:51:30

>>105

>ついでに朝鮮もジェノサイドして全部始末すべきだった。

大陸打通作戦の当時としては朝鮮人もまた、貴重なチンピラゴロツキ殺戮要員だったわけだがww

# 1942年 満州国軍軍官予科を首席卒業

# 1942年 日本陸軍士官学校に編入(57期相当)

# 1944年 日本陸軍士官学校3位卒業。満州国軍歩兵第8師団に配属

# 1945年8月 満州国軍中尉で終戦を迎える

朴正煕

110名無しさん@お腹いっぱい。2010-02-11 12:32:02

ってか、中国人なんてゴミみたいなものだろw

118名無しさん@お腹いっぱい。2010-03-20 19:17:48

アメリカは天皇暗殺の為に8月17日に皇居に原爆を落とす予定だったらしいな。

終戦があと2日遅かったら東京の街は今とはかなり違うものとなっていただろう。

125名無しさん@お腹いっぱい。2010-05-04 22:30:36

>>120

オクタン価ってイソオクタンを100%、もう一つの成分を0としたときの

イソオクタンの比率じゃなかったっけ?

なのに100を越える値って存在するの?

135hayate 2010-06-05 16:23:05

疾風の機体は優秀ですよ

作りやすく(0なんかより) 速度も 防御も。

米軍が 傑作機と評価してますし プロペラ機の速度記録も

(大戦後の米軍のテスト) もっていたはず。

あ ちなみにオクタン価は オクタン100としたときのアンチノック性

の評価基準ですので

ですので 120も 200も ありえます。

136名無しさん@お腹いっぱい。2010-06-19 13:34:27

>>135

>疾風の機体は優秀ですよ

機体そのものは良好でも、搭乗員の飛行訓練時間が100時間程度では、実力は発揮しにくいだろう。

登場が遅すぎたことが悔やまれる。

したがって、日本は戦争中ほとんどどの月でも、その航空部隊の数字上の機数を増すことができた。

数字上の戦力は戦争勃発時の戦術機2625機から、降伏時の戦術機5000機に加え、カミカゼ機5400機にまで上昇した。

搭乗員総数は戦争勃発時の約12000名から降伏時の35000名強に増加した。

<中略>

戦争全体を通じて平均飛行時間は減少し、降伏時、アメリカ操縦士が600時間だったのに比較して、

100時間強といったところだった。訓練不十分な操縦士は、アメリカで養成された熟練した操縦士に張り合えなかった。

137名無しさん@お腹いっぱい。2010-06-23 17:58:06

モスクワが戦闘状態になっていた間、ソ連は極東から歩兵15師団、騎兵3師団と戦車、航空部隊を移動させ、

西方戦線の対独戦力を強化した。中国の長引く抗戦は日本を拘束し、ドイツが企んだ日本とのソ連挟撃の陰謀は破綻した。

これについてソ連のジューコフ元帥は、「我々が最も苦しんでいた時期に日本はソ連へ侵攻しなかったが、

中国は血の海となっていた。客観的事実をいくらかでも尊重する人はこの争いようのない明らかな事実を

考えずにはいられないだろう」(ジューコフ『中国での使命』、新華通訊社、1980年版、38ページ)と述べている。

31回の空中戦で、フライングタイガーの志願者は5機ないし20機のP-40型戦闘機をもって217機の

敵機を撃墜し、みずからの損失はわずか14機だった。それ以後、「中国空軍所属の中国援助アメリカ

志願航空隊」はフライングタイガーのマークを使い始め、そのサメの頭の形をした戦闘機も世に名

を知られるようになり、「フライングタイガー」というニックネームも知られるようになった。

抗日戦争が終わるまでに、フライングタイガーは敵機を2600機撃墜し、積載量223万トン相当の船舶、

軍艦44隻、100トン以下の内陸河川の船1万3000隻を撃沈するかあるいは大破させた。また日本軍将兵

6万6700人を撃ち殺した。フライングタイガーの隊員のほとんどは中国政府から賞を授与された。

10余人の飛行士はアメリカ、イギリス政府から飛行十字勲章を授与された。

138名無しさん@そうだ選挙に行こう2010-07-11 09:08:37

のこり1年で3500機ってのは、工業力が優れてたから?

140名無しさん@そうだ選挙に行こう2010-07-11 17:33:12

>>138

実際3500機中何機が戦闘可能で米軍に通用したんだろ?

あと稼働率とかさパイロットの数・質とかもあるし、熟練飛行士

集めた部隊でも損害の方が多かったしそこら辺どうなのよ?

147名無しさん@お腹いっぱい。2010-12-03 20:00:59

まあ後期はくず鉄の寄せ集めの兵器に新参兵だからなぁ。

初期の勝ちまくってた頃とは状況が違いすぎる。

151名無しさん@お腹いっぱい。2010-12-18 19:36:33

>>150続き

開戦当初、FT部隊が有効な戦果をあげられたのは、既に中国空軍は壊滅したものと思い、爆撃機を援護機無しで飛ばしたり警戒を怠った為と言われています。

その後”加藤隼戦闘隊”と互角の戦いをしましたが、所詮戦闘機のみのFT部隊は基地を日本爆撃機に攻撃され、徐々に中国奥地へ後退していきます。

FT部隊が使用したP−40Cは、延べ119機、最後は残った22機に火を着けビルマに撤退しました。

>>137の戦果は、中国メディアが書いた夢物語で、中国戦線で2,600機も失っていたならば開戦初期の太平洋戦線での制空権は握れません。

青天白日旗を着けたP−40Cが、それまで我が物顔で飛んでいた日本機を撃ち落とすのを見たチンクが、話をどんどん大きくしていったのでしょう。

その後海軍のゼロ戦21型が投入されるに至り、米軍が本格参入するまで中国戦線での制空権は支配されていました。

158名無しさん@お腹いっぱい。2011-03-14 19:39:36

隼が付けた防弾鋼板は、正面からは12.7ミリには耐えられません。

が、弾は正面からはまずは来ない。

炸裂弾なら十分防げる。

ですので、絶対に外させない機付長もいました。

164名無しさん@お腹いっぱい。2011-04-09 18:59:43

>>158

>が、弾は正面からはまずは来ない。

対面攻撃って結構あったけどね。

166名無しさん@お腹いっぱい。2011-04-11 16:32:54

>>164

対面攻撃なら、防弾鋼板の出番はありませんね。

ロシア軍機がやってたように、座席を防弾鋼板で作るのは良い手ではないかな。

193名無しさん@お腹いっぱい。2013-02-05 03:21:45

>>166

攻撃機(IL-2など)ならいいけど

もっと運動性高い戦闘機には無謀な重量だろう。

それにエンジンに当たった分は搭乗者まで届かないから、

パイロットへの被弾を恐れるなら、やはり防弾ガラスが求められる。

ソ連の対地攻撃機は液冷が多いから冷却経路が被弾しないよう

装甲したともいうけど。

219名無しさん@お腹いっぱい。2014-09-04 19:34:54

四式戦闘機疾風がなぜ大量に生産されたかは、歴史をみれば明らか。

疾風が何んと呼ばれていたかそれは「大東亜決戦機」です。

しかし、なんか不思議ですねww

大東亜決戦ならインパール作戦に行くべきでしょう。

太平洋の戦いは日本の国是にそぐわない。

223名無しさん@お腹いっぱい。2014-09-06 09:37:51

>>219

中国や比島なら四式戦を投入していますが?

インパールは現地解決主義だから四式戦をくれとか主旨に反する無茶を言われても困るだろ。

227名無しさん@お腹いっぱい。2014-09-09 23:05:18

海軍では陸上で戦闘機を林の中に隠して分散していた。

陸軍はフィリピンでは集中管理し200機近くが陸上で炎上。

疾風は陸軍機でエンジントラブル多く、管理も不行き届き。

海軍の紫電改と陸軍の疾風はほぼ同等な性能だったとは思う。

あとは、パイロットの育成行政が・・・まにあわなかったww

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