軍艦の食事について語るスレ63食目

1名無し三等兵2016-12-09 16:38:47

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戦争・兵役を通じて広まった食事 41皿目 ©2ch.net

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4名無し三等兵2016-12-09 17:28:58

>>1

スレ立て乙!

26名無し三等兵2016-12-10 02:47:07

___

/ ||.   ||   ∧_∧

|  || _||  (    )

|‾‾\三⊂/‾‾‾/

|    | ( ./     /

. ニュ ミ ∧._∧ >>1乙

__(  ・ω・)

/ ||/ ⊃ ⊃∧_∧

|  ||___ノ (     )

|‾‾\三⊂/‾‾‾/

|    | ( ./     /

30名無し三等兵2016-12-10 12:28:05

>>1

出遅れたが、スレ立て乙。

>>29

今は少ないが、ニューファンドランド犬は水難救助に多く飼われてた。

逆に、省力化の進んだ超大型タンカーなんかだと、今でも結構居るらしい。

落水者があっても大型船は直ぐ止まれないから、ドボンと落ちて大声で名前呼ぶと

飛びこんで来てくれるそうな。

ナポレオンがおぼれかけたのを救ったのでも有名だ。

猫は、バッキンガム宮殿にも正式職員扱いで居るらしいね。

24名無し三等兵2016-12-10 01:24:05

坂の上の雲と勘違いしてるね。

それと、池波正太郎は有名な美食家だが、司馬遼太郎は超偏食。

たしか、食えるメニューが数種類しかなくて、それのローテーションで生活してたって何かで読んだ。

2人とも軍隊生活は辛かっただろうな。

28名無し三等兵2016-12-10 09:00:07

海軍ならやっぱ猫だよな。

そういえば、イギリスだと首相官邸に猫がいるんだよな。ラリー君だったかな?

たしか、数ヶ月前に外務省?の猫と取っ組み合いになったとかニュースになってたが、イギリスでは各省庁に猫がいるのか?

29名無し三等兵2016-12-10 09:58:20

>>24

池波正太郎のエッセイによると

軍隊の飯で辛かったのは、生野菜を食べられなかった事だったって

銀バエした玉ねぎの生スライスに味噌を付けて食べたら凄く美味かったのは、体が生野菜を求めていたからだろうって

>>28

欧米だと古い建物だと、ネズミ取り要員として猫を飼ったりする伝統が有るって

ロシアのエルミタージュ美術館では、薬剤を使用せずにネズミよけや駆除が出来るからと

帝政時代から旧ソ連を経て現在に至るまで

ネズミ駆除係として、予算を組んで猫を飼い続けている

猫達は大祖国戦争の時も、職員と共に美術館を守っていたそうだ

現在では、ネズミ駆除係の他に広報の仕事(観光客に愛想を振りまく)も担っているようだが

33名無し三等兵2016-12-10 14:12:52

>>29

戦前の日本人ってそんなに生野菜食べるの一般的だったのかな?

戦後初めてサラダと言う物に触れた人が多かったという話を聞くけど。

47名無し三等兵2016-12-11 08:59:06

>>33.34

生野菜っつってもキャベツレタスみたいなサラダ菜だけじゃないからね

極端なこといえば、薬味のネギや大根おろしだって生野菜

山本七平も、軍隊は禁生物の世界で野菜はなんでもおひたしにしちゃうって憎々しげに書いてたから、

少なくとも都市部では野菜の生食行われてたんだろ

逆にサラダ菜は、最高級有機肥料のこと除いても存在自体が浸透してなかったろうな

49名無し三等兵2016-12-11 15:05:54

>>47

生物は食中毒怖いからねぇ。

89名無し三等兵2016-12-13 01:08:36

帝国海軍では酒が呑めたし、酒樽積んでた例も、当番兵が自分で呑んでたってのは長門であったらしいが、

フネの上で鏡割りした例ってあるんだろうか?

90名無し三等兵2016-12-13 19:54:38

>>89

写真見た気がする。

縁起物だし確実にやってたと思うよ。

今でも部隊で餅つき大会やるし、今年は大臣も参加するって聞いた。

日本海軍は酒に関しては凄いアバウトだよ。

ソロモン海戦に従軍した記者さんが書いた「海戦」とか読んでると、これから配置に就くってのにビール飲んでたりする。

94名無し三等兵2016-12-13 23:42:51

>>90

酒に関してアバウトなのはフランス外人部隊だろ。

一杯やってから任務に就いても、やることさえきちんとやってりゃお咎めなしなんだから。

(フランス正規軍は知らんが、ミネラルウォーターよりワインが安く手に入る国だから推して知るべし、かな。)

106名無し三等兵2016-12-14 23:33:56

日本  : フネに米飯設備があると贅沢? 俺達は米食わないと戦えない

インド : フネにナン焼く窯が贅沢? 俺達コレ喰わないと(ry

メリケン: フネにコカコーラとチョコバーは贅沢? 俺達(ry

腐乱酢 : フネにパテとワインがないと(ry

エゲレス: 紅茶とラム酒とライムがないと(ry

ロシア : ウォッカがないと(ry

独逸  : とりあえず芋と腸詰が(ry

ヘタリア: 乾燥パスタだけより女が欲しい(袋叩き

ギリシャ: オリーブ油と美少年うわなにをskopfoあsh・・・・・(ピー

112名無し三等兵2016-12-15 10:59:54

>>106

インド人ナン食わない

259名無し三等兵2016-12-24 20:58:03

>>112

え、ナンってインド料理じゃなかったっけ?

140名無し三等兵2016-12-16 19:15:57

特に少尉殿は金がないんだよ。将校になると軍服軍刀に、その他

書類嚢やら図嚢やら双眼鏡やら、全て自腹購入。偕行社で割賦購入は

できたが、月賦は俸給から天引き。特に軍刀と双眼鏡は高かった

らしいから、少尉殿は毎月ピーピーだったと。

142名無し三等兵2016-12-16 19:38:16

>>140

伝家の刀を軍刀拵えにして持っていくのは節約の意味もあったのかね?

150名無し三等兵2016-12-17 03:23:56

>>142

少尉任官の時に「家伝の刀を軍刀に仕立て直すのは禁止ではないが

なるべく避けるように」と注意されたとか。古刀は規格品ではないので

長さも反りもバラバラ。鞘も柄もオーダーメイドで時間も金も掛かる。

日露戦争の頃には家伝の正宗を軍刀にした旧大名家の御曹司もいた

らしいが、昭和になると、さすがにそこまでの剛の者もいなかったと。

152名無し三等兵2016-12-17 08:17:55

>>142

いや、拵えとか軍刀仕立てに直すと余計金がかかる

江戸時代初期以前の刀だと、野戦前提で軍刀には長かったりするし

それ以前にスリ上げてるとは思うが

>>150

日露の頃は基本サーベルで軍刀自体レアケースじゃなかったっけ?

まあ規格化された昭和軍刀に収斂してくのは、経験値の蓄積もあったんだろうね

155名無し三等兵2016-12-17 12:06:14

>>152

旧南部藩の若様が正宗を軍刀にしたのは有名な話らしい。

本人は壮烈な戦死を遂げたそうだが正宗はどうなったやら。

178名無し三等兵2016-12-18 17:08:49

軍では無いけど

池田屋に突撃をかました近藤勇は

屋内では長い刀より短い脇差しが使いやすかったと言っていた

同じような理由で

屋内では突撃銃より拳銃の方が使いやすいのかな?

182名無し三等兵2016-12-18 21:03:58

>>178

そういうケースも多々ありそうだが、実際の兵隊さんたちは室内でもまずM4からスイッチしない現実

刀みたいに振り回すわけじゃないから、人が立って通れる通路なら使えないってことはないし

ベトナム戦争のトンネルラットなら拳銃一丁で潜り込んでくしかないけどなw

216名無し三等兵2016-12-21 22:50:52

母方の婆さんは、かの8月9日早朝に、快晴の小倉の空にエノラ・ゲイを見てるんだ。

ところが、昼はドン曇りで、随分爆音聞いたが、上空で空中戦の音がした。

で、その日に浦上にファットマンが投下された。

母親は未だ6歳だった。

で、未だピンピンしてて元気過ぎて困る。未だにケツ叩かれるし、最近は妹も

加勢するから手に負えない。

人生、そんなもんよ。今晩の寝床があって、明日食う当てがあればいい。

なんせ、明日朝、目が覚めるかどうか判らんのだしな。

ちょっとよこすか海軍ドライカレー食ってくる。

219名無し三等兵2016-12-21 23:59:26

>>216

それはきっとボックスカーだ。

220名無し三等兵2016-12-22 02:11:40

>>219

小倉に飛来したのは先行の気象観測機だろ

長崎投下作戦時はエノラゲイがこの任務に当たってた

221名無し三等兵2016-12-22 02:14:32

>>220

長崎に落とす前に小倉上空にも行ってるよ。

第一目標は小倉弾薬庫だったから。

雲量が多くて地上目標が確認できなかったから、長崎に回った。

222名無し三等兵2016-12-22 02:53:35

>>221

あれホントに長崎は見えてたのかね?

予定では第一目標小倉、第二目標長崎、レーダー投下禁止でどっちも投下不可だった場合は

沖縄沖の東シナ海に投棄となってたけど、莫大な予算つぎ込んで作ったものだし、日本軍に

回収されたら大事だから、絶対に投下するつもりだったと機長は証言してるし、上からもそんな

指示があったような事を匂わせていた。

実際、長崎の原爆は目標から3.4キロも離れた場所に投下されて、主目標だった三菱の長崎造船所は

大した被害を受けなかったし、盲爆だった気がしてならない。

223名無し三等兵2016-12-22 03:13:54

>>222

雲の隙間から長崎が見えたので、そこに投下した。

って話。

もっとも、終戦直後に

投下した場所を特定するのが、かなり大変だった様子。

226名無し三等兵2016-12-22 13:01:24

>>223

爆撃手はそう証言してるけど、実際どうだったんだろうね。

ちなみに地上からはずっと曇りだったそうな。

237名無し三等兵2016-12-23 00:55:59

フィクションを史実みたいに語るのはどうなのよ

そんなの目撃者がいるなんてありえないない話でしょ

264名無し三等兵2016-12-24 22:41:19

>>259

普通の家ではチャパティとか食べる、ナンは特殊な食べ物

そもインドって広いしな

265名無し三等兵2016-12-24 22:57:33

>>264

ナンはお高いレストランとかじゃないと出てこないと聞いたことがある

だから、インド人でも食べたことない人間が割と居るんだとか

292名無し三等兵2016-12-25 20:09:55

昭和の後半なら、ペットボトルに入ったサントリーのウーロン茶が定番だったな。

当時は水のペットボトルなんて売ってなかった。

307名無し三等兵2016-12-26 00:40:57

>>292

昭和の後半って、もう少なくとも50年前だよ

ペットボトルとか・・・

300名無し三等兵2016-12-25 23:16:08

調理も簡単で作りてを選ばないのも豚汁やカレーの特徴

東北人なら経験しているが秋になると芋煮会なる行事があり小学生が班単位で里芋を使った汁物(ウチの郷里では豚肉と味噌を使う)を作るのだがまず失敗せずおいしく作れる

339名無し三等兵2016-12-26 22:23:48

>>300

岩手だが芋煮会は福島山形にしか存在しないとおもってたわ

309名無し三等兵2016-12-26 00:48:05

>>307

日本でペットボトルが飲料用に使えるようになったのは1981年。50年は言い過ぎ

308名無し三等兵2016-12-26 00:46:52

うそん、単純に割っても60年前〜29年前まで昭和の後半だろ?

310名無し三等兵2016-12-26 01:49:26

>>308

後半ってのは単純に2で割った後のほうって意味だけど、その概ね30年の間どれくらいペットボトルが普通だったと思う?

>>309

誰が言い過ぎてるんだよ、バカw

326名無し三等兵2016-12-26 12:12:31

そういや飲みかけのペットボトルのジュースを夏に部屋で放置してたら醗酵して天井板を、貫通する勢いでフタが飛んだなぁ

328名無し三等兵2016-12-26 14:10:11

イスラム教に限らず、異民族への食事の配給はこれから課題になってきそうだね。

で、思い出したのが、ソマリアで海賊を運ぶってなったとき、食事のメニューで調理員は頭を抱えたらしいね。

現地の人が何食うかなんてしらないし、結局内地からメニューとレシピ一式送って貰ったらしいけど、その点アメリカは甲板(一応屋根はある)に転がしてMREポイッと渡して終わり〜とかだし、面倒だけど人道的ではあるよね。

330名無し三等兵2016-12-26 18:01:29

>>326

以前も書いたかもしれんが、酒呑んで帰って、喉乾いてペットボトルの無塩トマトジュース

直のみして、そのまま冷蔵庫に置いてあったら、なんか微妙にアルコール発行してて美味い

トマト酒になってたことがあるな。

以来、トマ汁に日本酒の生酒(=止めてない奴)をチョコっとたらして再現実験何度か

やったが、中々上手く行かない。でもタマに良いのが出来る。

>>328

米のメシと、味噌汁と漬物で万国OKじゃね? 味噌汁の具はワカメとトウフ。

サウジ辺りの観光客が、日本酒の「ダイギンジョー」って言葉必ず覚えている、ってのも

最近は結構有名だ。あと、奴ら、カツカレー喰いだめして帰るらしいww

334名無し三等兵2016-12-26 18:52:46

>>330

あまり堂々と書いちゃいかんネタじゃないのかね?

自家製クワスとかミードとか作ってる人いるのかな…

344名無し三等兵2016-12-27 01:08:49

コカコーラの瓶は女体をイメージしたものだと聞いたことがあるが・・・ホントかな?

348名無し三等兵2016-12-27 07:23:56

>>344

一応、持ちやすくするため。

だから、投げやすいだろ?

352名無し三等兵2016-12-27 07:55:31

コーラ瓶は投げやすいけど意外と丈夫で割れにくいので火炎ビンには向かないという話を親戚の爺に聞いたなあ

安田講堂で機動隊に火炎瓶を投げたのは俺だとか言ってた不良左翼爺なのであまり会いたくない

358名無し三等兵2016-12-27 11:10:56

>>352

>コーラ瓶は投げやすいけど意外と丈夫で割れにくいので火炎ビンには向かないという話を親戚の爺に聞いたなあ

じゃあ太平洋戦争中に日本軍が使用した火炎瓶でも、割れ易いビール瓶やサイダー瓶は適していても、

ガラス部分が厚いラムネ瓶は構造的に火炎瓶としては使いにくかったんですかねぇ?

361名無し三等兵2016-12-27 13:21:14

>>358

そもラムネ瓶では可燃物の容量自体が微々たるものでは?

火薬を詰めた方がまだ威力ありそう

383名無し三等兵2016-12-28 19:27:18

戦中だったら正月のモチの話をしつつ船体のペンキ塗りしている頃だねえ

416名無し三等兵2016-12-30 11:05:08

海軍の場合は基準と言うか、目安になるレシピや材料が示されていて、艦や地方によって様々な元旦料理が出されてるんじゃなかったかな?

海自だと10数年前までは割りと自由で、時間が決められて飲酒許可が出て一人辺り日本酒と缶ビールが一本ずつ配られていた。

最近は厳しくなって、元旦の当直明けに御節の箱詰めと酒が配られていたよ。

俺の場合、艦で出される数の子が口に合わなくてなぁ…

うちの地元だと塩抜きしたあと出汁醤油に漬けて真っ黒なのが“数の子”だったから、あの生っ白い数の子が不味くてねぇ。

427名無し三等兵2016-12-30 20:55:05

1947は間違い、1942年

>>416

寝正月氏はクェゼリンで軍医から脚気との診断を受け退艦、病院船「氷川丸」で内地に後送

回復後に猿島砲台勤務から駆潜艇47号乗り組み、三陸沖での警備にあたるもその後にふたたび海軍病院に入院

退院後、「蛟龍」搭乗員として待機中に終戦

9月、食や職を求めて久里浜をブラブラしてたら47駆潜艇のときの部下に遭い

ある敷設艇の、ダメになった発電機3台すべての復旧をやってもらえないかと頼まれる、復員業務に就かねばならないから、と

寝正月氏はこれを見事すべて復旧させ、そのままこの敷設艇「神島」電気長として復員業務に就く

寝正月氏が大発部隊の艇長だった人から聞いた話として

大発でニューギニアに運んだ米は糒を飯盒に詰めたもので水を入れればそのまま喫食できるようにしたものだったとか

この飯盒をゴム袋に詰め、ドラム缶に7割方入れて残り3割を薪を入れていた、と

温めたほうがより美味く食えるから、とのこと

429名無し三等兵2016-12-31 02:13:11

>>427

#416ならぬ#414です。

寝正月氏のその後の消息、深謝。

>退院後、「蛟龍」搭乗員として待機中に終戦

>寝正月氏はこれを見事すべて復旧させ、そのままこの敷設艇「神島」電気長として復員業務に就く

海軍軍人としてはともかく、幸運の人だった感じだね。

電気に強かった、ということは、戦後間もなくはソレ系の職があったろう。

430名無し三等兵2016-12-31 06:48:12

>>429

レス番まちがい失礼

寝正月氏は志願兵を5年つとめあげて海軍を去るつもりも、工機学校への入学を強くすすめられそこでの成績が(自分の感覚では)なぜか抜群

卒業後、乗り組んでいた駆逐艦に工機高等練習生が実習に来たときには一等機関兵の身で学生の下士官たちを「指導」

当時は自分のように何の因果か電機、機械、缶とすべての配置をタライまわしにされ艦の心臓部すべてを総合的に把握している者は少なかった、と

それが理由だろうとのことだが、機関兵としてかなり優秀な人だったのだろうと思われる

横須賀海兵団から駆逐艦「響」、工機学校を卒業してまた「響」に戻り

指名されて潜水学校入学、卒業後に伊9潜艤装員、本艦が試運転中に伊23潜艤装員に行く

「響」で大陸に行ったときに上陸で豚饅頭(「特大の餃子を油で揚げたもので脂っこい」)を他の奴らは15個も20個も食うが自分はやっと5個食ったとか

揚子江で碇泊しているときは川の水が臭くてみんな飯が食えず、その残飯をシナ人がボートでもらいに来るのでやっていたとかの逸話もある

「響」に乗り組んだ当初、下士官たちが納豆を買ってくるのでこれを上手にかきまぜて食卓に載せねばならなかったが

醤油が手に入らなかったのに困ったという、ついに決心して糧食搭載のときに醤油樽をふたつ銀バイして缶室の奥に隠すも発覚、ビンタを喰らう

「響」はのんびりしているというか、和気藹々とした艦風だっという、ミスしたらビンタは喰らうが

それをみんなが、お前気をつけろよなと笑いながら見ているような感じで感情的に馬鹿呼ばわりされたりすることもなかった、と

強い艦、幸運な艦、戦果をあげる艦はさばけているというかあんまり堅苦しくない感じがする

伊16潜のように、さまざまな理由はあれさばけてないというか正月に洗面も許されず、乗員が上甲板にも上がらせてもらえないと不満を持つような艦は

インド洋での作戦でも襲撃のチャンスをことごとく逃したり、撃っても撃っても魚雷が外れて乗員たちがますます艦長を馬鹿にするようだ

431名無し三等兵2016-12-31 09:47:30

>>430

寝正月氏は、車引きが多かった割には、フレキシブルワイヤーなお方だったんだね。

今、阿川佐和子女史の「恐父論」を読んでいるが、故阿川弘之氏は、かの「軍艦長門の生涯」

の著者、とは思えないトンデモ親父だったみたいだ。で、佐和子女史が、「アンタ、お父様

にそっくり」と言われて愕然とする、という場面が多々出てくる。

でも、故阿川弘之氏の焼くステーキの美味そうなことといったら・・・w

496名無し三等兵2017-01-04 13:07:28

フードプリンターで鮮度も再現できればね・・・

500 【中吉】 !dama2017-01-04 14:39:25

>>496

結局、水耕栽培とかを

艦の片隅でやる様になるんですかね・・・

昭和基地やISS内で、野菜作るみたいにさ。

499名無し三等兵2017-01-04 14:26:17

星新一の作品にそんなのあったな

「全部全自動で料理してくれる機械が発明されて人類は料理をしなくなる

しかしデータが盗まれて1つのメニューしか食べれなくなり… 」

みたいなやつ

502名無し三等兵2017-01-04 15:27:44

>>499

もしかして大英帝国はロシアがアルファベットの輸入をしそこなったのと同じで

何らかの理由で貴重な料理のレシピを全て失ってしまい

おぼろげな記憶を基にして

フィッシュ&チップスとか鰻ゼリーを作ってしまったとか(`・ω・´)

501名無し三等兵2017-01-04 14:50:20

星新一なら無味無臭のガムと栄養食に味ラジオで疑似的に味付けするようになった時代に放送事故が発生、人々が味覚を求めて大混乱になるという話も

>>500

エスペックミック株式会社は、長年培った「栽培技術」や「環境制御技術」を用いて、植物生産システムや機器を提供しております。
エスペックミック株式会社は、長年培った「栽培技術」や「環境制御技術」を用いて、植物生産システムや機器を提供しております。

片隅というかユニットがあるね

時化たらどうなるのか知らんけど

508名無し三等兵2017-01-04 18:42:25

>>501

水耕栽培なら、ロックウールとかに溶液しみこませるタイプがある様だから、

それなら多少ゆれても問題ないんじゃね?

507名無し三等兵2017-01-04 18:24:42

>>502

飯ウマ文明ローマが属州ブリタンニアを放棄して以降、アングロ

サクソンやらデーンやら、飯マズ蛮族ばかり襲来したからなぁ。

510名無し三等兵2017-01-04 20:33:43

>>502

産業革命で、家庭料理の伝統が断絶した

てな説がある

産業革命で都市部に人が流入

労働者階級は男女ともに労働に追われ

外食(屋台等の持ち替えりも含む)や、缶詰めや瓶詰めやインスタント食品の元祖みたいな簡便な料理で済ませるようになって

母から娘へ家庭料理の継承が途絶えてしまったからとか

511名無し三等兵2017-01-04 21:14:50

>>510

だからイギリスでも、産業革命の及ばなかった田舎町の料理は素朴だが美味しいと聞いたがホントかどうかは知らん。

516名無し三等兵2017-01-04 22:37:26

>>510

まず、近代社会においても、まだ都市下層民にとって煮炊きの可能な環境を手に入れるのはハードルが高かっただよ

ガスレンジだオーブンだ電子レンジだって文明の利器が普及したのはつい最近のこと

よしんば手に入れても、燃料(薪炭あるいは石炭)の継続的な入手の負担は半端ない

まあこれだけで家庭内での個別調理を断念するに十分な理由

日本の場合、米食文化のおかげで最底辺の長屋でもカマドは装備してたけどな

それでも作るものは炊飯以外は汁物ぐらい

それでもおかげで都市は常に火災の不安に怯えることになったわけだが

いまでも、東南アジアあたりだと都市住民の食事はほとんど外食かお惣菜だともいうし

512名無し三等兵2017-01-04 21:55:33

>>511

リンボー先生の著書にあったなあ。「田舎町の古い館を改築したホテルで、

かつて一流ホテルで勤務した老夫婦が趣味で経営していて、本当に心暖まる

歓待を受けた。…こんなホテルですら食事は不味いのだ!」

イギリス恐るべし…

514名無し三等兵2017-01-04 22:27:06

>>512

それはきっと、朝食を食べなかったからです。

631名無し三等兵2017-01-12 03:06:35

軌道修正の試みことごとく失敗してて笑えないな

軍艦はおろかミリタリーすら関係無い

632名無し三等兵2017-01-12 06:15:20

>>631

「暗いと不平を言うよりも、すすんであかりをつけましょう。」

633名無し三等兵2017-01-12 07:00:30

>>632

それは明かりではなくて導火線だぞ。

635名無し三等兵2017-01-12 10:05:27

>>633

どうかせんといかんね

715名無し三等兵2017-01-18 20:23:33

軍艦の食事がなぜ豪華かというと

貧相な食事を出すと、水兵たちが反乱を起こすから、かな

(例:戦艦ポチョムキン)

719名無し三等兵2017-01-19 03:21:45

>>715

大航海時代の水兵「」

722名無し三等兵2017-01-19 07:12:47

>>719

あれでも一般労働者からすると破格の待遇なんやで

724名無し三等兵2017-01-19 11:46:32

>>722

>あれでも一般労働者からすると破格の待遇なんやで

大航海時代の英国海軍の水兵は、1日およそ1ポンドの肉類と1ポンドの乾パン、1ガロンのビールを

支給される事になっていましたが、普通の農民では塩漬け肉とは言え毎日1ポンド=450グラムもの

肉を喰えるなんて事はまずありえませんでしたしね。

特に貧乏な小作人だと、粗悪な干し肉や塩漬け肉ですらそうそう口に出来ない者の方が多かったし。

731名無し三等兵2017-01-19 13:41:51

>>724

ホントに貰えてたのかね?

あの時代の常としてピンハネが横行していそう…

危険手当バリバリみたいなもんだから余程食い詰めた輩以外はそうそう乗りたがるもんじゃなさそうだけどね

だから港町で適当に拉致してなんて話も出る

733名無し三等兵2017-01-19 15:01:23

>>731

仰る通りあの時代不正とピンハネは多かれ少なかれ蔓延していたし、航海が長期化したり遅延して

備蓄食料が乏しくなれば、当然船員への割り当ても減らされました。

それでも毎日数百グラムの肉が食えるなんて貧農らにとっては充分魅力的だったから、農村から

多くの男たちが危険を顧みずに水兵に志願したのですが。

744名無し三等兵2017-01-19 20:44:52

>>731

聞いた話によると、英国海軍でも主計のピンハネが横行しており、

4人分の食料を5人で別けるなんて事が普通だったとか。

781名無し三等兵2017-01-21 04:48:08

『美味しんぼ』の原作者は色々とアレで胡散臭い事この上ないが、

日本の食のレベルアップには貢献したよなぁ

784名無し三等兵2017-01-21 09:16:25

>781

完璧な人間がこの世には居ないように、完璧な作品もまたない。

功罪あるが、功績は小さくないよな(特に初期)

ただ、初期からの罪もあるけど…

785名無し三等兵2017-01-21 09:40:04

>>784

主張が二点反転すっからねぃ。

捕鯨に関する主張は同意できた一方、犬食はゲロりそうになった。

当時、この件が仲間内で話題になって一人がいったセリフ

「犬は食べ物じゃない、友達だろうが!」ってのが俺にツボった。

788名無し三等兵2017-01-21 14:18:52

>>785

二点反転ってなんだよw

海戦機動かなんかかと思った

800名無し三等兵2017-01-21 18:44:10

出雲はそばじゃね?

804名無し三等兵2017-01-21 23:26:34

>>800

この3艦で3大麺艦になるんだ

蕎麦もうどんの一種だ

808名無し三等兵2017-01-22 00:41:27

>804

讃岐なんて粉は輸入品ばかりじゃないか。しかも製麺所で食べてなんだいあれは。

うどんというのは、上州のように地場の小麦で自分ちで打つものだよ。

810名無し三等兵2017-01-22 04:30:59

>>808

国産小麦使用のうどんなぞなど幻。

日本の小麦自給率は95%だぞ。

812名無し三等兵2017-01-22 08:09:14

>810

米なんて贅沢品は滅多に食えない。上州や甲州では毎日うどんを打って食う。

昔は大変な大仕事だったが、製麺機が来て楽になった。いい世の中じゃ…ってばっちゃが言ってた。

毎日更新のおもしろサイト、デイリーポータルZです。昭和の一時期に群馬、埼玉、山梨の特定のある地方でのみ発達した自家製麺文化を追った。

824名無し三等兵2017-01-22 20:00:06

>>822

停泊中の軍艦で営業してるうどん屋は、陸から来てる業者だから元は同じもの

861名無し三等兵2017-01-23 21:35:18

うどんは唇で噛み切れるくらいの柔らかさでいいと思う大阪府民。

子供の頃は風邪ひいたらお粥じゃなくておうどんだった。

878名無し三等兵2017-01-25 02:55:40

>>861

うどんは噛まなくてもいいくらいの柔らかさで丁度いいですね 同じく大阪府民です

関西では昔うどん屋に風邪薬を置いていたわ

871名無し三等兵2017-01-24 16:54:31

香川には年越しそば無いのか

872名無し三等兵2017-01-24 17:16:45

>>871

"年明けうどん"ってのを、ここ何年か流行らせようと

必死こいて宣伝してるが…

879名無し三等兵2017-01-25 03:35:37

>>878

香川じゃ、昔は薬屋がうどんを売っていたらしい。

964名無し三等兵2017-01-30 13:34:53

>>959

南天のど飴に含まれる禁止物質の

「ヒゲナミン」

は、クローブ(丁子)にも含まれていて

クローブは肉料理や菓子によく使われている香辛料なので

欧米の選手は、外食や市販の菓子も食べれなくなるのが多くなると、頭を抱えているとか

983名無し三等兵2017-01-31 12:31:05

太平洋の日本軍に関しては反乱したところで食料のあてなんて無いし

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